デジタル化で「減る業務」と「増える業務」—マイナンバーカード普及が教える業務再設計の本質(2026年10月9日)

デジタル化で「減る業務」と「増える業務」—マイナンバーカード普及が教える業務再設計の本質(2026年10月9日)

はじめに:効率化のはずが、なぜ総コストは変わらないのか

「デジタル化すれば業務が減る」——多くの経営者や行政担当者がそう期待してシステムを導入します。しかし現実には、「ある業務は減ったが、別の業務が増えて、結局トータルでは変わらない」という声をよく耳にします。

2026年2月、マイナンバーカードの保有率が81.7%に達しました。2025年12月には交付枚数が1億枚を突破し、「とにかく普及させる」フェーズは終わりを迎えています。

そして今、自治体の現場で起きているのは、まさにこの「減る業務と増える業務の同時進行」という現象です。窓口業務は45%減少した一方、e-Tax連携やセキュリティ運用といったバックオフィス業務は25〜40%増加しているのです。

私は行政書士として、企業や事業者のデジタル化支援、業務フロー改善に携わっています。その経験から言えるのは、デジタル化とは「業務削減」ではなく「業務の質的転換」であり、この本質を理解しないまま進めると、かえって現場が混乱するということです。

本記事では、マイナンバーカード普及による自治体業務の変化を入口に、あらゆる組織に共通する「業務再設計の本質」について考察します。

マイナンバーカード普及がもたらした自治体業務の構造変化

窓口は減ったが、バックオフィスは増えた

デジタル庁と総務省が公表したデータによれば、マイナンバーカード普及により以下のような業務変化が起きています。

減少した業務

  • 住民票・印鑑証明の窓口件数:▲45%
  • 国民健康保険の資格証明発行:▲30%

増加した業務

  • e-Tax連携の個人住民税対応:+25%
  • 公金受取口座の振込先確認:+15%
  • 総合窓口センターのBPO委託管理:+40%
  • マイナンバー利用事務系セキュリティ運用:+30%

コンビニ交付の利用により、住民票の写し1通あたりの処理時間は窓口の18分から3分へと6分の1に短縮されました。住民の利便性は大きく向上し、窓口の混雑も緩和されました。

しかし、これは「窓口職員が不要になった」ことを意味しません。職員は別の業務——データ突合、セキュリティ運用、BPO委託の管理、システム連携の調整——にシフトしているのです。

「窓口は減ったがバックオフィスとセキュリティ運用が膨らんで、結果として総コストは横ばい」という自治体も少なくありません。

なぜこのような現象が起きるのか

この現象には、明確な構造的理由があります。

デジタル化により「定型的で単純な業務」は自動化・効率化されます。しかし同時に、「システム間連携」「データ品質管理」「セキュリティ対策」「例外処理」といった、より高度で専門的な業務が新たに発生するのです。

つまり、デジタル化とは単なる「業務削減」ではなく、「業務の質的転換」なのです。

業務再設計の本質:減る業務と増える業務を可視化する

「点」ではなく「線」で捉える

多くの組織がデジタル化で失敗する理由は、業務を「点」で捉えているからです。

「窓口業務が減った」「コンビニ交付が増えた」——これらは確かに事実ですが、それだけを見ていては全体像は掴めません。

重要なのは、業務全体を「線」で捉え、どこが減り、どこが増えたのかを定量的に可視化することです。

マイナンバーカード普及後の自治体で必要だったのは、以下のような業務量シフトの可視化です。

  • 窓口件数の推移(月次)
  • コンビニ交付件数の推移(月次)
  • バックオフィス工数の推移(部門別)
  • BPO委託費の推移
  • 職員配置の変化

これらを一つのダッシュボードで可視化し、「いくら浮いたのか/いくら増えたのか」を把握することで、初めて次の業務再設計の判断材料が揃います。

業務再設計を成功させる3つのポイント

1. 変化を前提とした業務設計を行う

デジタル化を「一度やれば終わり」と考えるのは誤りです。

システムはアップデートされ、法令は改正され、顧客のニーズは変化します。つまり、業務フローも常にアップデートされ続けるべきなのです。

私が大切にしているのは、「変化を前提とした業務設計」です。柔軟にアップデートできる仕組みをつくることが、長期的な効率化と継続性につながります。

2. 理念を土台に判断する

業務再設計の過程では、無数の選択肢と判断が求められます。

  • どのシステムを導入するか
  • どの業務をアウトソースするか
  • どこまで自動化し、どこを人が担うか

これらの判断基準となるのは、「理念」です。

「誰のためになるのか」「何を大切にするのか」——この問いに明確に答えられる組織は、ブレることなく判断を重ね、前に進むことができます。

3. 顧客と現場の両方を見る

業務再設計では、「顧客視点」と「現場視点」の両立が不可欠です。

顧客にとっての利便性を追求するあまり、現場が疲弊しては継続できません。逆に、現場の負担軽減ばかりを優先して、顧客体験が損なわれても本末転倒です。

私が支援する際に心がけているのは、顧客と現場の双方に「なるほど、これなら続けられる」と思ってもらえる仕組みづくりです。

信頼関係は一瞬ではなく、伴走と対話の積み重ねで築かれます。

具体例:コンプライアンス対応を業務再設計の起点にする

新しい法令対応は、業務全体を見直すチャンス

ここで、業務再設計の具体例を一つご紹介します。

2026年12月、子どもと接する事業者に従業員の性犯罪歴確認を義務づける「こども性暴力防止法」(日本版DBS)が施行されます。私は行政書士として、学習塾などへの導入支援を行っています。

多くの経営者が最初に感じるのは、「また手続きが増えて面倒だ」という負担感です。確かに、採用プロセスに以下のようなステップが加わります。

  • GビズIDの取得・管理
  • データベースへの照会
  • 犯罪事実確認結果の記録・保管(7年間)
  • 既存従業員の定期的な再確認

しかし、私がお伝えしているのは、「これを機に採用業務全体をアップデートしましょう」ということです。

マイナンバーカード普及後の自治体が「窓口業務の減少をバックオフィスの高度化に振り向ける」のと同じく、事業者も「新しい法令対応を業務フロー全体の見直しの起点にする」ことで、負担を成長の機会に変えられるのです。

デジタルツールは手段であり、判断は人がする

生成AIと人間の役割分担

私は「生成AI×士業」という領域にも注力しています。文書作成支援、FAQの自動生成、研修教材の準備など、生成AIを活用することで業務効率は大きく向上します。

しかし、AIはあくまでツールです。最終的な判断、顧客との対話、信頼関係の構築——これらは人間にしかできません。

デジタル化が進めば進むほど、「何を自動化し、何を人が担うか」という判断が重要になります。

私が目指しているのは、デジタルツールを使いこなしながら、現場感覚を失わない「ハイブリッド型」の在り方です。

経営者に求められる「決める力」

業務再設計の過程で、最も重要なのは経営者の「決める力」です。

どのシステムを導入するか、どの業務をアウトソースするか、どのタイミングで動くか——これらは経営者にしか決められません。

私たち士業や専門家は、判断材料を整理し、選択肢を示し、伴走することはできます。しかし、最終的に決めるのは経営者自身です。

「決めること」で物事は前に進みます。完璧な答えを待っていては、変化のスピードに追いつけません。判断し、実行し、検証し、改善する——このサイクルを回し続けることが、継続性のある経営につながります。

業務再設計の先にあるもの:社会への価値還元

効率化は目的ではなく、手段である

業務再設計の本質は、単なるコスト削減や効率化ではありません。

効率化によって生まれた時間とリソースを、より価値の高い活動に振り向けること——それが真の目的です。

自治体であれば、窓口業務の効率化で生まれた時間を、住民との対話や政策立案に使う。企業であれば、定型業務の自動化で生まれた時間を、顧客貢献や新規事業開発に使う。

経営とは、理念を土台に社会へ価値を還元し続ける行為です。業務再設計は、その価値還元を持続可能にするための手段なのです。

継続性こそが、社会や顧客に対する責任

私の価値観の中で、最も大切にしているのは「継続性」です。

売上・利益は目的そのものではありませんが、事業を継続させるための絶対条件です。継続性こそが、社会や顧客に対する経営者の責任だと考えています。

だからこそ、業務再設計では「無理なく続けられる仕組み」をつくることを重視します。

一時的に効率化できても、現場が疲弊して続かなければ意味がありません。逆に、少しずつでも改善を積み重ね、柔軟にアップデートし続けられる組織は、長期的に成長し続けます。

おわりに:変化を恐れず、一緒に前へ

マイナンバーカード保有率81.7%という数字は、単なる統計ではありません。それは「業務の前提が変わった」という現実を示しています。

デジタル化、法令改正、市場環境の変化——私たちを取り巻く環境は常に変わり続けます。

この変化を「面倒なこと」として受け身で対応するのか、「業務をアップデートするチャンス」として主体的に設計するのか——その判断が、組織の未来を分けます。

私は、後者を選ぶ経営者の伴走役でありたいと思っています。

困っている人に貢献すること、社会に価値を還元し続けること、そして楽しみながら仕事をすること——これらを両立させる経営を、一緒につくっていきましょう。

変化を前提とし、柔軟性とスピードを持ち、判断し続ける。その先に、持続可能で信頼される組織の姿があると信じています。

▼参考記事
マイナンバーカード保有率81.7% — 普及が終わり、自治体の業務シフトが本番に入っている
https://aurant-technologies.com/blog/mynumber-card-jichitai-business-shift-2026/