IT企業の契約書というと、「どのような条文を入れるべきか」「自社に不利な内容になっていないか」といった点に目が向きがちです。
もちろん、契約書の条文を確認することは重要です。しかし、専任の法務担当者がいないIT企業では、それと同じくらい「その契約内容を実際の業務で運用できるか」という視点が重要になります。
たとえば、契約書に「納品後○日以内に検収する」と書かれていても、現場の担当者がそのルールを知らなければ、契約書どおりの対応ができない可能性があります。
また、顧客からチャットで追加作業を頼まれ、そのまま対応した結果、「これは当初の契約金額に含まれるのか」「追加料金を請求できるのか」といった問題になることも考えられます。
特に、経営者や営業担当者、エンジニアが契約管理を兼務している企業では、「契約書を作って締結すること」だけでなく、「締結した契約をどう守るか」まで考えておくことが大切です。
この記事では、横浜市のIT企業を想定し、法務担当者がいない会社が押さえておきたい契約書運用の3つのポイントを、行政書士の視点から解説します。
法務担当者がいないIT企業こそ契約書の「運用」が重要
契約書は、取引条件を文章にして保存しておくためだけのものではありません。
契約を締結した後は、その内容に沿って実際の取引を進めていくことになります。そのため、契約書の内容と現場の業務が一致しているかを確認することが重要です。
法務部門のある企業であれば、契約書の確認、社内への周知、更新期限の管理などを法務担当者が担うこともあります。
一方、法務担当者がいない中小規模のIT企業では、代表者や営業担当者などが契約実務を兼任しているケースも少なくありません。
そのような企業ほど、「良い契約書を作る」という視点だけではなく、「この契約書を自社で運用できるか」という視点を持つ必要があります。
契約書の内容と実際の業務がズレると何が起こる?
たとえば、契約書上では「書面による承諾を得たうえで仕様を変更する」という運用になっているにもかかわらず、実際には営業担当者と顧客がチャットで話し合い、そのままエンジニアが追加開発を始めているとします。
この状態では、契約書に書かれたルールと実際の業務フローが一致していません。
順調にプロジェクトが進んでいる間は問題が表面化しなくても、追加費用や納期をめぐって認識の違いが生じた際に、これまでのやり取りを確認しなければならなくなる可能性があります。
契約書を作る際には、「理想的なルールを書く」だけではなく、「自社の現場でそのルールを実行できるか」という視点が欠かせません。
「契約書を締結したから安心」ではない理由
契約書を締結すると、それだけで契約実務が完了したように感じることがあります。
しかし、実際には契約締結後にも確認すべき事項があります。
たとえば、
・納品日はいつか
・検収期間は何日間か
・請求や支払いのタイミングはいつか
・報告や通知が必要になる場面はあるか
・契約期間はいつまでか
・自動更新の有無はどうなっているか
・解約を申し入れる期限はいつか
などです。
これらの条件を契約書に記載していても、担当者が把握していなければ実際の業務には反映されません。
契約締結はゴールではなく、契約運用のスタートと考えることが大切です。
IT企業で契約書の運用リスクが生じやすい場面
IT企業では、業務の進行に伴って当初の前提が変わることがあります。
システム開発であれば、開発途中で機能の追加や仕様変更を求められることがあります。保守・運用業務でも、当初想定していなかった作業を顧客から依頼されることがあるでしょう。
そのたびに正式な契約書を作り直すのが難しい場合もあります。
だからこそ、あらかじめ「変更が発生したときに、誰が、どのような方法で合意するのか」を決めておくことが重要になります。
契約書運用のポイント①「誰が・いつ・何をするか」を確認する
契約書を運用面からチェックする際、最初に確認したいのが「誰が・いつ・何をするのか」です。
契約書に義務や期限が書かれていても、社内の担当者が決まっていなければ対応漏れにつながります。
納品・検収・支払いの期限と担当者を明確にする
システム開発などでは、納品、検収、請求、支払いという流れが発生します。
契約書を作成するときは、それぞれの条件を確認するだけでなく、
「納品の連絡は誰がするのか」
「検収結果は誰が確認するのか」
「請求書を発行するタイミングはいつか」
といった実際の業務フローまで確認すると、契約書と現場のズレを発見しやすくなります。
通知や報告義務を現場で実行できるか確認する
契約書によっては、一定の事由が発生した場合に相手方への通知や報告を求める内容が含まれていることがあります。
この場合、「通知義務がある」と知っているのが経営者だけでは、現場で必要な情報を把握しても対応につながらない可能性があります。
重要な契約条件については、必要な範囲で担当者と共有しておくことも契約運用の一部です。
契約更新・解約期限を管理する仕組みをつくる
継続的なサービスや保守契約では、契約期間や自動更新に関する条件にも注意が必要です。
契約書を共有フォルダに保存するだけでは、数か月後や1年後に更新期限を忘れてしまう可能性があります。
契約管理表やカレンダーなどを利用して、
・契約開始日
・契約終了日
・自動更新の有無
・更新を拒絶する場合の期限
・担当者
などを管理しておくと、契約書を実際の業務に落とし込みやすくなります。
契約書運用のポイント②「現場の業務フロー」と契約内容を一致させる
2つ目のポイントは、契約書と現場の業務フローを一致させることです。
特にIT企業では、営業担当者とエンジニア、プロジェクトマネージャーなど複数の担当者が一つの案件に関わることがあります。
契約内容を知っている人と、実際にサービスを提供する人が異なる場合には注意が必要です。
システム開発・保守契約で起こりやすい業務とのズレ
たとえば、契約書では保守対応の時間帯や業務範囲を定めているにもかかわらず、現場では顧客からの依頼に応じて契約範囲を超えた作業まで日常的に対応しているケースを考えてみましょう。
顧客満足のために柔軟な対応をすること自体は、企業の経営判断です。
しかし、契約上の範囲と実際のサービス内容にズレが生じていることを把握しないまま対応を続けると、業務負担や追加費用について双方の認識が食い違う原因になり得ます。
「契約書に何が書いてあるか」だけではなく、「現場では実際に何をしているか」を定期的に照らし合わせることが重要です。
仕様変更や追加作業を口頭・チャットだけで進めない
IT企業では、メールやビジネスチャット、オンラインミーティングなどを使ってスピーディーに業務を進めることが一般的です。
その一方で、追加作業について「お願いします」「分かりました」というやり取りだけで作業を始めると、作業範囲や金額、納期について双方の認識が一致していないことがあります。
仕様変更や追加作業が発生したときの承認方法をあらかじめ決め、社内でも共有しておくとよいでしょう。
営業・エンジニア・経営者で契約上のルールを共有する
すべての社員が契約書の全文を細かく理解する必要があるとは限りません。
重要なのは、それぞれの担当者が業務上必要なルールを把握していることです。
営業担当者には追加発注のルール、エンジニアには作業範囲や変更時の対応、経営者には契約金額や更新・解約条件など、役割に応じて重要事項を整理すると運用しやすくなります。
契約書運用のポイント③「トラブルが起きたとき」の対応を決めておく
契約書を作成する目的の一つは、取引条件を明確にすることです。
そのため、通常どおり業務が進む場合だけではなく、予定外の出来事が発生した場合を想定しておくことも重要です。
障害・納期遅延・仕様変更が発生した場合の対応
IT関連の業務では、システム障害や開発の遅れ、外部サービスの影響など、当初の予定どおりに進まない場面も考えられます。
そのような事態が発生したとき、
・誰が顧客へ連絡するのか
・どの段階で経営者に報告するのか
・仕様変更をどのように記録するのか
・追加費用やスケジュール変更をどのように確認するのか
といった社内ルールを用意しておけば、契約内容に沿った対応を取りやすくなります。
顧客から追加対応を求められた場合の判断ルール
「これくらいならサービスで対応しておこう」という判断が積み重なると、いつの間にか当初想定していた業務範囲を大きく超えていることがあります。
そこで、「どこまでなら担当者の判断で対応できるのか」「どこから追加見積もりが必要なのか」といった社内基準を決めておく方法があります。
契約書と社内ルールをセットで考えることで、現場も判断しやすくなります。
契約終了時のデータ・アカウント・成果物の取り扱い
IT企業では、契約終了時にも確認事項があります。
たとえば、顧客から預かったデータの取り扱い、クラウドサービスのアカウント、貸与された資料、成果物などです。
契約終了後に何を返却・削除・引き継ぐ必要があるのかを確認し、実際に対応できる業務フローを整えておくことが重要です。
横浜市のIT企業で考えたい契約書管理の仕組み
横浜市でIT企業を経営しているものの、「法務部を設けるほどの規模ではない」という会社もあるでしょう。
その場合でも、契約管理の仕組みをつくることは可能です。
重要なのは、大企業のような複雑な管理体制をそのまま導入することではありません。自社の規模に合わせて、無理なく続けられる方法を選ぶことです。
法務担当者がいなくてもできる契約書管理
まずは、契約書の保存場所を統一することから始める方法があります。
担当者のパソコンやメールボックスなどに契約書が分散していると、必要なときに最新の契約書を確認できない可能性があります。
「どこを見れば最新の契約内容が分かるのか」を社内で明確にするだけでも、契約管理の第一歩になります。
契約締結前・締結後のチェックリストを整備する
契約業務を担当する人によって確認事項が変わらないよう、チェックリストを用意する方法もあります。
締結前であれば、
・契約当事者
・業務内容
・契約金額
・納期
・検収条件
・契約期間
・更新・解約条件
などを確認します。
締結後についても、
・契約書を所定の場所に保存したか
・担当者に必要事項を共有したか
・更新期限を登録したか
などを確認する仕組みにすると、契約書を「締結して終わり」にしにくくなります。
契約書の更新期限や重要事項を「見える化」する
すべての契約書を毎回読み直さなければ重要事項が分からない状態では、日々の管理に負担がかかります。
契約ごとに重要な条件を一覧にしておくと、必要な情報を確認しやすくなります。
高額な契約管理システムを導入することだけが解決策ではありません。
自社の契約数や従業員数に合わせ、継続して運用できる管理方法を検討することが大切です。
行政書士が解説|契約書を「条文」だけでチェックしないための視点
契約書を作成するときには、「法律的にどのような文章にするか」だけではなく、実際の取引内容を契約書へ適切に反映することが重要です。
特に法務担当者がいないIT企業では、現場の業務内容を整理することが契約書整備の出発点になります。
契約書作成時に実際の業務フローまで確認する
契約書のひな形を用意していても、実際の取引内容がひな形と一致しているとは限りません。
「普段はどのような流れで受注しているのか」
「仕様変更はどのように決めているのか」
「納品や検収はどのように行っているのか」
「追加作業が発生した場合はどうしているのか」
といった実務を整理すると、契約書と現場のズレを確認しやすくなります。
自社の契約書ひな形を運用に合わせて整備する
インターネット上の契約書ひな形は便利ですが、自社の取引内容や業務フローにそのまま適合するとは限りません。
システム開発、Web制作、保守・運用、ITコンサルティングなど、提供するサービスによって確認すべき内容も異なります。
自社で繰り返し行う取引については、実際のサービス内容や契約フローを踏まえて契約書のひな形を整備しておくことで、契約業務の効率化にもつながります。
契約書の作成・運用で専門家への相談を検討すべきケース
契約書の内容が自社の取引実態に合っているか分からない場合や、契約書のひな形を整備したい場合には、専門家への相談を検討することも選択肢の一つです。
行政書士は、行政書士法その他の関係法令に基づく業務範囲において、契約書など権利義務に関する書類の作成に携わります。
一方、具体的な紛争が生じている場合など、相談内容によっては弁護士への相談が適切となるケースがあります。
「誰に相談すればよいか分からない」という場合にも、問題の性質を整理し、適切な専門家につなげるという視点が大切です。
まとめ|横浜市のIT企業は「守れる契約書」をつくることが大切
法務担当者がいないIT企業にとって、契約書は「作成して保管しておけばよいもの」ではありません。
実際の業務の中で運用できてこそ、契約書に定めたルールを活かしやすくなります。
特に確認したいのは、次の3つです。
1.「誰が・いつ・何をするか」を明確にする
2.現場の業務フローと契約内容を一致させる
3.トラブルや変更が起きたときの対応を決めておく
契約書の条文を整えることと、社内でその内容を運用できる仕組みを整えることは、どちらも重要です。
法務担当者がいないからこそ、「この条文で問題ないか」だけで終わらせず、「自社で本当にこの契約を守れるか」という視点で契約書を見直してみてはいかがでしょうか。
横浜市でIT企業の契約書作成・運用にお悩みなら行政書士へ
「契約書のひな形はあるものの、自社の業務に合っているのか分からない」
「取引先ごとに契約書がバラバラで、管理が複雑になっている」
「法務担当者はいないが、契約書の作成や管理体制を整えたい」
このようなお悩みがある場合は、契約書そのものだけではなく、現在の取引方法や業務フローを整理することから始めてみましょう。
横浜市でIT企業を経営されている方や、契約書の整備を検討されている事業者の方は、行政書士への相談も選択肢の一つです。
自社の実務に合った「使える契約書」を整え、契約締結後も無理なく運用できる仕組みづくりを進めていきましょう。
